(広島大学) プレスリリース
白血病の幹細胞の脂質代謝メカニズムを発見  —再発を予防する新しいコンセプトの治療法の基礎となる—

プレスリリース

2020年9月24日(金) 広島大学 霞キャンパス

【研究成果】
白血病の幹細胞の脂質代謝メカニズムを発見
 —再発を予防する新しいコンセプトの治療法の基礎となる—

【本研究成果のポイント】

慢性骨髄性白血病(CML)幹細胞は、大量のCML細胞を生み出す能力と抗がん剤が効きにくい性質を持っており、再発の原因となる。
本研究では、CML幹細胞がリゾリン脂質代謝を活性化して生存を維持しているメカニズムを発見した。
動物モデルを使い、このリゾリン脂質代謝をおさえることでCML幹細胞を減らして、CMLの治療効果を高められることを証明した。

【概要】

 慢性骨髄性白血病(CML)※1は白血病の一種であり、原因遺伝子としてBCR-ABL1チロシンキナーゼが知られています。CMLの特効薬としてBCR-ABL1を標的とするチロシンキナーゼ阻害薬(TKI)※2が開発され、患者さんの治療は飛躍的に改善されました。しかし、TKI単独では根治せず、再発がおこることがわかってきました。近年、この再発の原因として、CML細胞を生み出すもとになるCML幹細胞※3が発見され、注目を集めています。TKIは増殖活性の高いCML細胞を治療しますが、CML幹細胞自身は増殖活性を低く抑えた休眠状態で維持されておりTKIが効きにくい特性を有しています。
 広島大学 原爆放射線医科学研究所 幹細胞機能学研究分野 仲 一仁准教授、自然科学研究支援開発センター 外丸祐介教授、韓国ソウル国立大学校 Seong-Jin Kim教授、大島章教授、獨協医科大学の三谷絹子教授、熊本大学の荒木喜美教授、荒木正健准教授、千葉大学の星居孝之講師、株式会社島津テクノリサーチ他は国際共同研究によりCML幹細胞の維持に必要な脂質代謝メカニズムを解析しました。その結果、リゾリン脂質代謝酵素Gdpd3という分子がCML幹細胞で高発現していることを発見しました。実際、動物モデルを使った研究により、リゾリン脂質代謝※4をおさえることで細胞分裂を活性化して、TKIのCML幹細胞に対する治療効果を高められることを証明しました。

【背景】

 上記のように、CML細胞のBCR-ABL1 チロシンキナーゼを標的とする TKI (イマチニブ、ダサチニブなど)の開発によって患者さんの治療は飛躍的に改善されました。 しかし、CMLは根治せず再発を起こすため、患者さんは高価なTKIの治療を止めることができなくなり、大きな問題となっています。
 この再発の原因としてCML幹細胞が注目されています。CML幹細胞は非常に多くのCML細胞を生み出すもとになる細胞であり、増殖活性を低く抑えた休眠状態を維 持することで長期間の生存を維持しています。そのためチロシンキナーゼを標的とするTKIが効かず再発の原因になると考えられています。したがって、CMLの再発を克服するためには、CML幹細胞を根絶する新しい治療法の開発が求められています。

【研究内容】

 本研究では CML の動物モデルから体内にわずかしかない CML 幹細胞を取り出し、CML幹細胞内での脂質代謝のメカニズムを解析しました。その結果、リゾリン脂質代謝を行う Gdpd3 という酵素の発現が非常に高くなっていることを発見しました。 Gdpd3 はリゾリン脂質を分解してリゾホスファチジン酸(LPA)を産生する酵素として知られております (下図の上段)。しかし、CML幹細胞におけるリゾリン脂質代謝の役割は不明でした。そこで、ゲノム編集技術によりGdpd3遺伝子のノックアウトマウス(Gdpd3 欠損マウス)を樹立し、CML 幹細胞における機能を解析しました。
 その結果、驚いたことに、Gdpd3 欠損マウスから樹立した CML幹細胞では細胞分裂が活性化していることがわかりました(下図の下段左)。したがって、Gdpd3 によるリゾリン脂質代謝は CML幹細胞の休眠状態の維持に重要な役割を担うことがわかりました。そこでCML 幹細胞を移植したマウスにTKI (ダサチニブ)による治療を行ったところ、Gdpd3 欠損CML幹細胞を移植したマウスの再発を改善できることを証明 しました(下図の下段右)。

【今後の展開】

 大多数を占めるCML細胞はがん遺伝子産物(BCR-ABL1)によって増殖しますが、そのもとである CML幹細胞はがん遺伝子産物には依存しないメカニズムによって生存しています。今回の研究では、世界で初めてリゾリン脂質代謝がCML幹細胞の休眠状態での生存維持に必須な役割を担うことを解明しました。重要なことに、このリゾリン脂質代謝のメカニズムは正常な造血幹細胞において機能していないことから、今後、副作用の少ない治療法へと発展することが期待されます。
 また、同様にがん遺伝子産物に依存しないメカニズムで再発や転移を繰り返す様々ながんの治療への応用も期待されます。将来、がん幹細胞のリゾリン脂質代謝を抑制する薬と抗がん剤との併用により、がんの再発を軽減する新しい治療法へと発展することが期待されます。

 この研究成果は英国オンライン科学誌Nature Communicationsに掲載されました。

【論文情報】

掲載誌 : 
Nature Communications (DOI: 10.1038/s41467-020-18491-9)
論文タイトル : 
The lysophospholipase D enzyme Gdpd3 is required to maintain chronic myelogenous leukaemia stem cells.
著者名 : 
Kazuhito Naka, Ryosuke Ochiai, Eriko Matsubara, Chie Kondo, Kyung-Min Yang, Takayuki Hoshii, Masatake Araki, Kimi Araki, Yusuke Sotomaru, Ko Sasaki, Kinuko Mitani, Dong-Wook Kim, Akira Ooshima, Seong-Jin Kim.