(広島大学) プレスリリース広島大学発のゲノム編集技術を用いたがんの免疫細胞療法の実用化を目指します ― わが国初めてのゲノム細胞創薬技術の開発をAMED事業としてスタート ―
プレスリリース
2020年6月12日(金)広島大学 霞キャンパス
【研究成果】
広島大学発のゲノム編集技術を用いたがんの免疫細胞療法の実用化を目指します
― わが国初めてのゲノム細胞創薬技術の開発をAMED事業としてスタート ―
【本研究成果のポイント】
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- 広島大学原爆放射線医科学研究所「次世代ゲノム細胞創薬共同研究講座」(設置者Repertoire Genesis 社)における遺伝子改変T細胞医薬品の開発プロジェ
クトが、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)による令和元年度医療研究開発革新基盤創成事業(CiCLE)として行われることとなりました。
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- 本事業では、Repertoire Genesis社が研究代表機関となり、広島大学で開発されたゲノム編集ツールである「プラチナTALEN」を用いて、安全性と有効性
に優れたがん抗原特異的T細胞医薬品の創薬を目指します。
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- 本事業の実現は、わが国初めてのゲノム細胞創薬技術の開発に繋がることが期待されます。
【概要】
広島大学原爆放射線医科学研究所の一戸辰夫教授・広島大学統合生命科学研究科の山本卓教授らの研究グループは、山本教授らが開発したゲノム編集ツールである「プラチナ TALEN」(注1)を利用して、T細胞受容体遺伝子導入 T細胞(TCR-T)医薬品 (注 2)の新規創薬技術の開発を進めています。本技術の臨床応用を実現し、遺伝子改変T細胞療法の恩恵をより多くの国民にもたらすことを目標として、広島大学とRepertoire Genesis 社(大阪府茨木市)は、2019 年10月1日より「次世代ゲノム細胞創薬共同研究講座」を開設しましたが、このたび、同講座で開発を予定しているがん関連抗原 NY-ESO-1(注3)特異的 TCR 遺伝子導入T細胞の製造プロジェクトが、令和元年度AMED医療研究開発革新基盤創成事業(CiCLE)に採択されました。
TCR-T 医薬品の製造にあたっては、その原料となる患者さんのT細胞がもともと所有しているTCR(内在性TCR)と新たに導入するがん抗原特異的 TCR との干渉現象(注4)が課題とされています。一戸教授・山本教授らの開発技術は、「プラチナTALEN」によるゲノム編集技術を用いてあらかじめ患者さんのTCR遺伝子を非機能化しておき、その後にがん抗原特異的な TCRの遺伝子を導入することにより、内在性TCRによる干渉を回避しようとするものです(Ichinohe T, Yamamoto T, et al. WO/2019/073964, WO/2019/073965)(図 1)。今回のAMED 事業では、この技術を応用することにより、多くの固形がんや一部の血液がんに発現するNY- ESO-1抗原を認識するTCR-T医薬品を製造する基盤技術を確立することを目標としています。2017年に難治性急性リンパ性白血病に対する世界初めてのゲノム編集CAR-T療法の成功例が報告されて以来、欧米・中国を中心に積極的なゲノム編集T細胞医薬品の開発が進められており、本事業の実現は、わが国初めてのゲノム細胞創薬技術の開発に繋がることが期待されます。
【採択課題名】
令和元年度 AMED 医療研究開発革新基盤創成事業(CiCLE)「NY-ESO-1 特異的高機能ゲノム編集T細胞の製造基盤技術の確立」
(研究責任者:鈴木隆二 Repertoire Genesis 社)
【解説】
現在、悪性腫瘍に対する免疫細胞療法として、がん細胞を特異的に認識するT細胞を体外で作出し、患者さんに輸注する遺伝子改変T細胞療法の開発が国内外において 活発に行われています。本年 5月にキムリア®(一般名:チサゲンレクルユーセル) が、国内初めてのキメラ抗原T細胞(CAR-T)医薬品(注5)として保険収載されて以来、わが国においても難治性悪性腫瘍に対する遺伝子改変T細胞療法への期待が大きく高まっています。しかし一方で、高額な薬価と厳しい施設基準による普及の遅れが問題とされています。このような状況から、国産技術を活用した新規T細胞医薬品の開発が待望されており、広島大学とRepertoire Genesis社は、ゲノム編集技術を用 いて安全性と有効性に優れたTCR-Tを作出する基盤技術の共同開発を進めてきました。
ゲノム編集技術の医療への応用にあたり、広島大学で開発された「プラチナTALEN」(国際公開番号 WO2015/01672A1)は、従来型TALENより高いゲノム編集活性を有していることに加え、現在主流の CRISPR-Cas9システムと比較し、オフターゲット変異(注 6)のリスクが低い、標的配列の自由度が高い、免疫誘導のリスクが低いなどの優れた特性を有しています(図 2)。また、わが国における細胞医薬品の製造技術としての利用にあたり、CRISPR-Cas9と異なり特許関係が複雑でないことも大きな利点となります。本AMED事業では、広島大学発のベンチャーであるプラチナバイオ社等の支援を受けて、TCR 遺伝子を特異的に切断するプラチナTALEN、NY-ESO-1抗原特異的TCRの導入用ベクターの製造技術を確立するとともに、それらを用いて、NY-ESO-1を認識するゲノム編集型TCR-Tをヒト細胞加工医薬品として製造する基盤技術を確立することを目標とします。また、ゲノム編集を用いて作出した細胞医薬品の安全性を保証するための技術開発も同時に行っていきます。
【参考資料】
(図1) TCRの抗原結合部位α鎖β鎖の2つのサブユニットで決定されており、それぞれのサブユニットをコードする遺伝子は異なった染色体上に存在する。プラチナTALENを用いることにより、α鎖遺伝子、β鎖遺伝子を段階的に非機能化し、内在性TCRの発現を失ったT 細胞にNY-ESO-1特異的なTCR遺伝子を導入する過程の模式図。
(例:図のHDはシトシンに結合)
【用語説明】
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- (注1) プラチナTALEN
- TALエフェクターヌクレアーゼ(TALEN)は植物病原菌XanThomonasに由来するDNA結合タンパクであるTALエフェクター (TALE)と制限酵素Fok Iを組み合わせて作出された人工DNA切断酵素(ヌクレアーゼ)。TALEタンパク質が有するDNA結合領域を標的となる核酸配列に合わせて設計することにより、ゲノム上の所望の配列を切断することができる。プラチナTALENは、TALEタンパク質の34アミノ酸モジュールの4番目と32番目の配列を周期的に変化させることにより、構造上の柔軟性を獲得しており、従来型のTALENより飛躍的に標的ゲノム配列切断活性が高い(図2)。
- (注2) T細胞受容体遺伝子導入T細胞(TCR-T)
- 特定のがん抗原や微生物由来抗原を認識するT細胞受容体(TCR)の遺伝子を、患者あるいは健常人ドナー由来のT細胞に人工的に導入して作出する遺伝子改変型T細胞。T細胞はリンパ球の一種で、α鎖とβ鎖からなるTCRの抗原認識部位を用いてウイルス感染細胞やがん細胞を識別し、それらを殺傷する機能を有する。
- (注3) NY-ESO-1
- 180 アミノ酸残基から成る細胞内タンパク質で、悪性腫瘍および卵巣・精巣以外の正常組織には発現を認めない「がん精巣抗原」のひとつ。悪性黒色腫、滑膜肉腫、食道がん、肺がん、卵巣がん、膀胱がんなどの固形腫瘍や多発性骨髄腫などの血液がんでの発現が知られており、免疫原性が高いことから、多くのがん免疫療法の標的抗原として利用されている。
- (注4) 内在性TCRとの干渉現象
- T細胞自体が所有するTCR(内在性TCR)の干渉により、新規に導入したTCRが細胞表面に十分に発現できない現象。TCRの細胞表面への発現に必要なCD3分子に2種類のTCRが競合的に結合することや内在性TCRと導入TCRのサブユニットが互い違いに結合する「ミスペアリング」などが原因とされる。
- (注5) キメラ抗原受容体 T細胞(CAR-T)
- キメラ抗原受容体(CAR)は、免疫グロブリンの抗原結合領域とTCRの細胞活性化領域を人工的に結合させた細胞膜貫通型タンパク質。CAR-Tは、悪性腫瘍の細胞表面に高発現する標的分子を認識するCARを遺伝子導入したT細胞医薬品で、わが国ではCD19抗原を標的とする「キムリア®」がB細胞性の白血病・リンパ腫を適応疾患として薬事承認を受けている。
- (注6) オフ・ターゲット作用
- ゲノム編集に用いられる人工ヌクレアーゼが標的配列以外のゲノム領域に結合し、予期せぬDNA二本鎖の切断を起こす現象。
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【お問い合わせ先】
- <研究に関すること>
・広島大学原爆放射線医科学研究所 血液・腫瘍内科研究分野
教授 一戸 辰夫
TEL: 082-257-5861
E-mail: nohe@hiroshima-u.ac.jp
- <事業に関すること>
・Repertoire Genesis社
事業統括部 市川 満寿夫
TEL: 03-4405-2684
- <報道に関すること>
・広島大学 財務・総務室広報部広報グループ
西本 勝彦
TEL: 082-424-3701